ショージ君こと漫画家でエッセイストの東海林さだおさんが2026年4月6日に亡くなった。88歳で、今年も朝日新聞に月1回エッセイを書いており、昨年末まで本人の希望で仕事を続けていたようである。2021年刊行のショージアンソロジー「人間は哀れである」のあとがきで編者でショージ君の友人平松洋子さんがショージ君は余命長くないことを自覚していたことを暗示している。私が最初にショージ君のエッセイを読んだのは、1975年刊行の「ショージ君のさあ!なにを食おうかな」で、それ以来50年間ショージ君のエッセイを読み続けている。ショージ君のエッセイですごいのは、水準以上の作品を長年にわたって、大量に書いてることである。だからエッセイの代表作を選べないのである。膨大な作品は貴重な食の文化史となっているのである。ショージ君と双璧の食のエッセイストは池波正太郎だが、池波の食のエッセイ第1作かつ代表作は1973年刊行の「食卓の情景」である。池波は1990年に67歳で亡くなるが、全てのエッセイの原点が「食卓の情景」である。ショージ君のエッセイに「散歩のとき何か食べたくなって」という池波のエッセイ本の題名を使ったものがある。ではショージ君の代表作は何かというと、私は1976年刊行の「ショージ君の青春期」を選ぶ。あまり自分のことを書かなかったショージ君が書いた自伝で、エッセイではないが、ショージ君のエッセイの原点である。丸かじりシリーズばかりが注目されているが、雑誌「オール読物」や「太陽」に連載された初期作品を単行本で最も夢中に読んでいた。二刀流大谷翔平同様、ショージ君も漫画家とエッセイストの二刀流で、不世出の天才である。







